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シンポジウム2012:白亜紀末の大量絶滅事変に残る謎

[生態学会]

白亜紀末の大量絶滅事変に残る謎

このページは日本生態学会2012年年次大会のシンポジウム『白亜紀末の大量絶滅事変に残る謎』のページです。

企画

田辺晶史 (京大・院・理)

日時

2012年03月18日(日) 14:00-17:00

会場

龍谷大学瀬田キャンパス8号館地下1階B101 (D会場)

概要

現在の生態系は、過去の大規模地質イベントから大きな影響を受けています。例えば第四紀の氷期間氷期サイクルは、現在の生物の分布や分化に大きな影響を与えたはずです。また、陸地の分裂・接続、島の形成や消滅も同様でしょう。このような地質イベントの生態系への影響に関して理解することは、現在の生態系のあり様を理解する上で非常に重要なことであると考えます。

6,550万年前の白亜紀末には恐竜やアンモナイトを含む多くの生物が絶滅し、地上の大型動物の主役は哺乳類へと移り変わりました。その原因が巨大隕石の衝突であることも広く受け入れられています。ここまではどなたでも既にご存知でしょう。しかし、巨大隕石の衝突が引き起こした現象は多岐にわたります。そのいずれか、またはいくつかが最終的に大量絶滅に繋がったはずですが、絶滅プロセスに関する仮説には、実はまだ決定打と言えるものがありません。そこでこの残された謎の解明に向けて、生態科学の知見を導入することで答えに近づくことができるのではないかと期待し、今回のシンポジウムを企画しました。

本シンポジウムでは惑星科学分野の研究者を中心にお招きし、白亜紀末の大量絶滅に関して分かっていること、および現在考えられている絶滅プロセスに関する仮説をご紹介いただきます。講演後にコメンテーターと聴衆のみなさんを交えて、当時の絶滅プロセスの理解に向けた議論を展開したいと思います。

演題・要旨

  1. 大量絶滅の引き金になった食物連鎖の崩壊 後藤和久(千葉工大・惑星探査)
    • 今から約6550万年前の白亜紀末に,生物の大量絶滅が起きた.この絶滅は,海生動物の種のレベルの絶滅率が70〜80%と地球史上でも有数規模である.絶滅の原因として,直径10kmの小惑星衝突が引き金となり,その後に生じた数々の環境変動が考えられる.しかし,実際にどのようなプロセスで大量絶滅に至ったのかは,まだ解決されていない問題が多々あり,実はよくわかっていない.地質記録や微化石の研究からは,衝突直後に被子植物の花粉化石が出現しなくなり,代わりにシダ植物の胞子が急増することがわかっている.また,衝突地点から遠く離れたニュージーランドでは,シダ類が繁殖するさらにその前に,キノコ類や菌類の胞子が大量に見つかっている.そのため,衝突直後に光合成生物の活動が一時的に停止し,最初の数ヶ月から数年の間だけ,光合成を必要としない菌類などが繁殖したと考えられる.海洋においても,当時大繁栄していた石灰質ナノプランクトンの種の約93%が,衝突直後に大量絶滅している.その一方で,陸上でも海洋でも腐食連鎖に属する生物の絶滅率が低く,さらに酸に対する耐性が強い生物も絶滅率が低い.こうした特徴を総合すると,衝突に伴い大気中に塵,煤,硫酸エアロゾルなどが大量に放出され,数ヶ月〜数年間にわたって日射を遮断したことにより,食物連鎖の基底をなす光合成生物が死滅し,その結果,食物連鎖が崩壊したことが大量絶滅の主因だった可能性が考えられる.さらに,地表面温度にして約260度に達したといわれる輻射熱の影響が衝突直後から最大数時間続き,その後長期にわたる硫酸・硝酸の酸性雨の影響などによって,選択的な大量絶滅が引き起こされたものと考えられる.しかし,当時の光合成生物はどの程度の期間だけ太陽光を遮断されれば死滅したのかなど未解決の問題も多く,今後は古生物学的,生態学的な検討が必要となる.
  2. 食物連鎖上位の生物の絶滅パターン−特に恐竜とアンモナイトを中心に− 高橋昭紀(早稲田大・理工研)
    • 鳥類を除いた恐竜類とアンモナイト類の白亜紀末の絶滅パターンをレビューする.非鳥型恐竜類もアンモナイト類も,低次の生産者に比べて化石産出種数が多くない.そのため,シニョール・リップス効果(化石産出頻度の違いが原因で,突発的絶滅が漸進的絶滅に見える現象)が常に問題となり,絶滅パターンに関しては,議論が絶えなかった.恐竜類は,1980年代には,白亜紀末に向かって漸進的に絶滅していったという主張もあったが,その後,2000年代前半に,シニョール・リップス効果を克服するだけの膨大な量の標本を使って統計解析がなされ,白亜紀/古第三紀境界(K/Pg境界)において,突発的に絶滅したとする見解が主流となった.近年のデータベースを使った多様性変動解析の研究においても,それを支持する結果が多く報告されている.アンモナイト類の絶滅パターンに関しては,研究者によって見解が分かれている.スペインのK/Pg境界セクションでは,アンモナイト類7属8種が境界直下まで生存していたことが確認され,アンモナイト類も突発的に絶滅したとする主張がある.一方で,日本産アンモナイト類の種多様性変動を解析したデータベース論文では,およそ8,500万年前頃をピークとして,その後,白亜紀末に向かって多様性が漸減している.ただし,日本の白亜系を精査すると,8,500万年前ごろには海成層の露出面積が非常に大きいのに対して,白亜紀末ごろは著しく狭いため,上述した漸減パターンは見かけ上である可能性も否定できない.また,アンモナイト類に関しては,K/Pg境界付近の化石産出種数が少ないという問題もあり,シニョール・リップス効果を克服できていない可能性がある.いずれにせよ,光合成生物の絶滅パターンを見る限り,多くの大型動物の絶滅原因は,衝突に伴う光合成停止による食物連鎖の崩壊であったことが強く示唆される.
  3. 天体衝突が引き起こす環境変動と大量絶滅 大野宗祐(千葉工大・惑星探査)
    • 6550万年前のK/Pg境界での大量絶滅がメキシコ/ユカタン半島のチチュルブクレーターを作った衝突が原因であることは、広く認められるところとなっている。しかしながら、チチュルブ衝突がどのような環境変動を引き起こし大量絶滅がどのように起こったのか、その具体的なメカニズムは未解明のままであり、K/Pg境界のこれから研究されるべき最も重要なテーマである。本講演では、現在提案されている主な環境変動のメカニズムをレビューし、その長所や問題点を概説する。
    • 1980年、アルバレスらにより、はじめてK/Pg境界での大量絶滅の天体衝突原因説が提唱された際に考えられていた環境変動のメカニズムは、衝突により巻き上げられた塵による日射遮蔽・光合成の停止であった。しかしその後、長期間にわたり大気中に留まることの出来る小さいサイズの塵の量は非常に少なく、ほとんどの塵が非常に短期間に落下してしまうことが分かってきた。そのため、現在までに塵による日射遮蔽・光合成の停止以外にも様々な環境変動のメカニズムと絶滅機構の仮説が提案されてきた。
    • まず、塵以外の物質での太陽光遮断仮説があげられる。K/Pg境界層からは煤が見つかっており、これによる日射遮蔽が起こった可能性がある。衝突時に生成した硫黄酸化物から硫酸エアロゾルが形成され、これも日射遮蔽の原因として有力視されている。また、その硫黄酸化物は酸性雨の原因となる。衝突時には二酸化炭素も放出されたと考えられ、温室効果による温度上昇が起こった可能性もある。
    • しかし、これらの仮説もそれぞれ大量絶滅を引き起こすに足るほどの生態系へのダメージを与えたかどうかは疑問が多く残っているというのが実情である。提案されている絶滅機構はどれも決定打に欠け、今後の研究とメカニズム解明が必要である。
  4. 地球化学から予想される大量絶滅プロセス 丸岡照幸(筑波大・院・生命環境)
    • 「地球化学」とは,特定の元素や元素群の濃度,それらの化学種組成(無機物の場合にはその元素の価数,どんな元素が隣にあるのか,どんな鉱物なのかなど,有機物の場合には分子組成など),同位体比組成といった化学的な指標を用いて,地球で起きた,もしくは起こっている現象を理解する学問分野である.物質から化学的な情報を引き出すことで,その物質の生成当時の環境を読み取ることが「地球化学」の目的である.Alvarez et al. (1980)による白亜紀-古第三紀(K-Pg)境界層におけるイリジウム濃縮の発見,さらにはその解釈としての隕石衝突仮説の提唱はまさに「地球化学」の成果だといえる.本講演では堆積岩から地球化学的手法を用いて読み取ったK-Pg境界における環境変動をレビューし,そこから大量絶滅を引き起こしたプロセスに関してどのような制約を加えることができるのかを論じたい.海洋環境については,浮遊性有孔虫,底棲有孔虫の炭素同位体比を比較することで得られる光合成による有機物生成量の変位,有孔虫の酸素同位体比から得られる古気温の変位に関して議論する.また,最近の我々の成果である硫化鉱物の粒子ごとの元素組成をもとにした海水化学組成の変化に関しても紹介する.淡水環境については正確に「時」を刻む物質はまれであり,衝突前後の環境を正確に比較することのできる物質を得るのは非常に困難である.しかし,K-Pg境界に対応する粘土層は淡水環境下でも生成されており,その前後とは異なる化学環境で生成されたことは理解されている.特に,酸性雨の証拠となる硫化鉱物の濃集や生態系の活発化を示す同位体比異常が境界層に見出されてきているので,それらに関して議論したい.

コメンテーター

  1. 郡司ペギオ幸夫(神戸大)
  2. 千葉聡(東北大)
  3. 土居秀幸(広島大)
  4. 時田恵一郎(大阪大)

最終更新時間:2012年03月08日 01時10分59秒